歓迎会の夜から、私たちの関係は少しずつ変わっていった。
毎朝届く「おはよう」。
仕事が終わる頃の「お疲れさま」。
寝る前の「おやすみ」。
最初は仕事の相談だけだったLINEも、気づけば一日中続くようになっていた。
職場では上司と部下。
でもスマホの画面の中では、ただの一人の男性と一人の女性だった。
「今日は子どもと何してたの?」
「最近ちゃんと寝れてる?」
シングルマザーだった私を気遣う言葉が、少しずつ心に入り込んでいく。
離婚してからというもの、誰かに心配されることなんてほとんどなかった。
だから、その優しさが嬉しかった。
嬉しくなってはいけない相手なのに。
「ちゃんと話しておきたいことがある」
ある日の仕事帰り。
彼が珍しく真面目な顔で言った。
「少しだけ話せる?」
近くの公園のベンチに座る。
少しだけ沈黙が流れたあと、彼はゆっくり話し始めた。
「歓迎会の日から、ずっとちゃんと話しておかなきゃって思ってた。」
私は何も言わず、続きを待った。
「俺、結婚してるのは知ってるよね。」
「うん。」
「でもね。」
彼は少しだけ遠くを見ながら続けた。
「夫婦としての関係は、もう終わってる。」
私は黙ったままだった。
「もう何年も、夫婦として過ごしてる感覚はない。」
「だけど……。」
そのあとに続いた言葉は、今でも忘れられない。
「家族としては仲がいいんだ。」
その言葉に、少しだけ安心してしまった
正直、その言葉は矛盾しているように聞こえた。
夫婦としては終わっている。
でも家族としては仲がいい。
どういうことなんだろう。
そう思った。
彼は続けた。
「子どもにとっては父親と母親だから。」
「一緒に出かけることもあるし、ご飯も食べる。」
「でも、それは家族だから。」
私は静かに聞いていた。
その時の私は、その言葉が本当なのか嘘なのかを考える余裕なんてなかった。
ただ、彼が苦しそうに話しているように見えた。
だから信じた。
いや、信じたかった。
「もう離れよう」
家に帰ると、何度もスマホを開いては閉じた。
相手は既婚者。
それは何も変わらない。
私はシングルマザー。
子どももいる。
こんな恋を続けちゃいけない。
頭では何度もそう思った。
その夜、私はLINEを送った。
「やっぱり、もう連絡するのやめよう。」
送信ボタンを押したあと、涙が止まらなかった。
これで終わる。
そう思った。
彼は引き止めた
しばらくして電話が鳴った。
画面には彼の名前。
出ないつもりだった。
でも、指は勝手に通話ボタンを押していた。
「どうしたの?」
彼の声はいつもと変わらなかった。
「もう終わりにしたほうがいい。」
「私は既婚者を好きになっちゃいけない。」
声が震えていた。
すると彼は少し間を置いて言った。
「終わりにしたくない。」
その一言に、心が揺れた。
「好きだから。」
私は何も言えなかった。
「本当に大切なんだ。」
「失いたくない。」
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていた気持ちが崩れた。
「離婚するつもりだから」
私は聞いた。
「でも、奥さんは?」
彼は静かに答えた。
「離婚するつもり。」
「ただ、今すぐじゃない。」
「子どものことがあるから。」
その言葉は、私の中で希望になってしまった。
「待っていてほしい。」
彼はそう言った。
私は何度も首を横に振った。
「待てない。」
「そんな恋はしたくない。」
そう言ったはずなのに。
彼は諦めなかった。
毎日連絡をくれた。
会える日は必ず時間を作ってくれた。
「好き。」
「会いたい。」
「ずっと一緒にいたい。」
そんな言葉を何度も伝えてくれた。
私は何度も離れようとした。
そのたびに彼は追いかけてきた。
「お願いだから離れないで。」
その言葉を聞くたびに、私は決意を失っていった。
何度離れようとしても戻ってしまう
今思えば、不思議だった。
私は追いかけられると弱かった。
「もう終わり。」
そう決めても、
「好きだよ。」
その一言で全部揺らいでしまう。
私は自分でも呆れるくらい、彼を好きになっていた。
「この人は本気なんだ。」
「いつか本当に一緒になれる。」
そんな未来を信じようとしていた。
信じなければ、この恋を続ける理由が見つからなかった。
だけど、この頃の私はまだ知らなかった。
「待つ」という言葉が、こんなにも苦しい時間になることを。
そして、「家族としては仲がいい」という言葉の重さを、本当の意味で理解する日が来ることを。
次回予告
毎日LINEをして、週に一度だけ会える。
「大好き。」
「会いたい。」
そう言ってくれる彼。
幸せだった。
でも、その幸せはいつも"誰かの家庭"の上に成り立っていた。
そしてある日、彼が何気なく言った。
「今週末、家族で旅行に行くんだ。」
その一言で、私が信じ続けてきたものは、大きく揺らぎ始める。
【第3話】待ち続けた恋。愛されているのに、一番欲しい未来だけは手に入らなかった。

