「もう夫婦関係は終わっている」
「子どもがもう少し大きくなったら離婚する」
彼は、何度もそう言った。
私はその言葉を信じていた。
正確には、信じたかったのだと思う。
周りに堂々と話せる恋愛ではないことも、このまま待ち続けて本当に未来があるのか分からないことも、最初から分かっていた。
それでも私は、「いつか一緒になれる」という言葉を支えにして、彼を待ち続けた。
これは、離婚すると言う既婚男性を待ち続けた私が、少しずつ現実に気づいていった話。
出会った頃の彼は、とても優しかった
彼と出会った頃、私は少し心が弱っていた。
毎日の生活に大きな不満があったわけではない。
ただ、誰かに必要とされたい気持ちや、女性として大切にされたい気持ちが、心のどこかに残っていた。
彼はよく話を聞いてくれた。
私が何気なく話したことも覚えていて、仕事で疲れている日は心配してくれた。
「無理しすぎないでね」
「今日も頑張ったね」
そんな言葉が、当時の私にはとても温かかった。
彼に家庭があることは知っていた。
だから最初は、深い関係になるつもりなんてなかった。
けれど、毎日のように連絡を取り合い、少しずつ距離が近くなるにつれて、気持ちは止められなくなっていった。
「妻とは終わっている」という言葉
私が一番気になっていたのは、当然、奥さんとの関係だった。
彼に聞くと、いつも同じような答えが返ってきた。
「もう夫婦としては終わっている」
「家ではほとんど会話もない」
「子どものために一緒にいるだけ」
その言葉を聞くと、私は少し安心した。
自分が家庭を壊しているのではなく、すでに終わっている関係の中で、たまたま私と出会ったのだと思いたかった。
今思えば、私は自分が苦しくならないように、彼の言葉を都合よく受け取っていたのかもしれない。
本当の夫婦関係は、外からでは分からない。
けれど当時の私は、彼が話すことだけが真実だと信じていた。
最初の約束は「子どもが1歳になったら」
ある日、彼は私に言った。
「子どもが1歳になったら、ちゃんと離婚の話をする」
私はその言葉を聞いて、初めて具体的な未来を想像した。
あと数か月待てば状況が変わる。
今は苦しくても、その先には普通の恋人同士のような未来がある。
休日に一日中一緒に過ごしたり、行きたい場所へ旅行したり、夜になっても帰る時間を気にせず過ごしたりできる。
そんな日が来ると思っていた。
カレンダーを見るたび、私はその時期まであと何か月か数えていた。
でも、約束の時期が近づいても、彼の生活に大きな変化はなかった。
離婚の時期は少しずつ延びていった
子どもが1歳になった頃、彼に聞いた。
「離婚の話はどうなったの?」
すると彼は、申し訳なさそうに答えた。
「今はまだ難しい」
「子どもも小さいし、妻の精神状態も心配だから」
私はショックだった。
でも、子どもが小さいなら仕方がない。
奥さんの状態が不安定なら、今すぐ話を進めるのは難しいのかもしれない。
そう自分に言い聞かせた。
次に出てきたのは、「あと半年」という言葉だった。
その半年が過ぎると、「子どもがもう少し大きくなったら」に変わった。
さらにその後は、「仕事が落ち着いたら」「家庭の状況が整ったら」と、理由が少しずつ変わっていった。
離婚しないとは言われていない。
でも、いつ離婚するのかも分からない。
私は、終わりの見えない待ち時間の中にいた。
毎日「大好き」と言ってくれるのに、未来の話は進まない
彼は冷たい人ではなかった。
毎日連絡をくれたし、会える時間も作ってくれた。
電話を切る前には「大好き」と言ってくれた。
私が不安になると、
「ちゃんと考えているよ」
「気持ちは変わっていない」
「一緒になりたいと思っている」
と励ましてくれた。
だから余計に離れられなかった。
愛情がまったくなかったら、もっと早く諦められたと思う。
優しい言葉も、楽しい時間も、本物だと感じていた。
でも、言葉とは違って現実は何も動かなかった。
彼は毎回、私のもとから家庭へ帰っていった。
私は一人になった部屋で、「今日も結局何も変わらなかった」と寂しさを感じていた。
会っているときは幸せなのに、別れたあとはいつも苦しかった
彼と過ごす時間は幸せだった。
一緒に笑ったり、ご飯を食べたり、何でもない話をしたりする時間が好きだった。
でも、楽しい時間が長いほど、別れ際は苦しくなった。
彼は家に帰る。
私は彼の帰りを止めることができない。
夜に連絡が途切れると、家庭で何をしているのか考えてしまう。
奥さんと普通に会話しているのではないか。
家族で楽しく過ごしているのではないか。
夫婦関係は本当に終わっているのか。
考えても答えは出なかった。
それでも次の日、彼からいつものように連絡が来ると、私はまた安心してしまった。
不安になり、安心させられ、また待つ。
私はその繰り返しから抜け出せなくなっていた。
「待つこと」が愛情だと思っていた
当時の私は、彼を待つことが愛情だと思っていた。
今すぐ答えを求めるのは彼を困らせること。
子どもが小さいのに離婚を急かすのは、自分勝手なこと。
彼の状況を理解して、支えてあげることが本当の愛だと思っていた。
だから寂しくても我慢した。
不安をぶつけたあとには、いつも自分を責めた。
「重いと思われたかもしれない」
「困らせてしまった」
「もう少し信じてあげなければ」
そうやって、彼を責めるより先に、自分の気持ちを押し込めていた。
でも、本当に愛されている恋愛は、片方だけがずっと我慢し続けるものなのだろうか。
ある日、ふとそんな疑問が浮かんだ。
変わったのは約束ではなく、私の感覚だった
大きな事件があったわけではない。
彼の嘘が発覚したわけでも、突然連絡がなくなったわけでもない。
ただある日、彼の「もう少し待って」という言葉を聞いたとき、以前のように安心できなくなった。
また同じ言葉だと思った。
何度も聞いた言葉。
そのたびに時期が延びて、理由が変わった。
私は初めて、彼の言葉ではなく、これまでの行動を考えた。
離婚すると言った。
でも、具体的な話は進んでいない。
一緒になりたいと言った。
でも、今の生活を変える行動は見えない。
大好きだと言った。
でも、私が安心できる未来は示されていない。
言葉を疑うことは、彼を疑うことだと思っていた。
けれど、本当に見るべきなのは、何を言っているかではなく、何をしているかなのだと気づいた。
信じることと、待ち続けることは違う
私は彼を信じたかった。
彼の気持ちまで、すべて嘘だったとは今でも思っていない。
私と一緒にいる時間は楽しかったかもしれない。
大切だと思ってくれていた瞬間もあったと思う。
ただ、誰かを好きなことと、その人のために人生を変えることは別なのだと思う。
彼は私を好きでも、家庭を手放す決断はできなかった。
そして私は、彼が決断するまで、自分の人生を止めて待っていた。
信じることは悪くない。
でも、自分を傷つけながら待ち続けることまで、愛情と呼ばなくてもいい。
いつかではなく、今の私は幸せなのか
それから私は、「彼がいつ離婚するか」ではなく、「今の私は幸せなのか」を考えるようになった。
いつか一緒になれたら幸せ。
離婚してくれたら安心できる。
未来が決まったら、やっと笑える。
私はずっと、自分の幸せを彼の決断に預けていた。
でも、彼が決断しない限り、私はずっと苦しいままだった。
好きだから簡単には離れられない。
楽しかった思い出も、優しかった言葉も消えない。
それでも、自分の人生をいつまでも「待つ時間」にしていいわけではない。
そう思った。
同じように待っている人へ
「離婚する」と言われて待っている人は、きっと彼を本気で好きなのだと思う。
周りから「やめた方がいい」と言われても、そんなに簡単に気持ちは切り替えられない。
彼にしか分からない事情があると思うかもしれない。
自分だけは特別だと信じたい気持ちもあると思う。
だから、今すぐ別れるべきだとは簡単に言えない。
ただ、一度だけ考えてみてほしい。
彼が離婚するかどうかではなく、今の恋愛で自分が笑えているか。
約束は具体的になっているか。
言葉だけではなく、行動に変化があるか。
そして何より、自分の気持ちを我慢し続けていないか。
待つ期限を決めることは、彼を愛していないということではない。
自分の人生も大切にするということだ。
私は、彼を信じることばかり考えて、自分自身の気持ちを長い間置き去りにしていた。
本当に大切にしなければいけなかったのは、彼の言葉だけではなく、待ち続けて傷ついていた自分の心だったのだと思う。
「離婚する」という言葉が、必ずしも嘘だとは限らない。
本当に家庭の事情で、すぐには動けない人もいると思う。
でも、言葉だけで何年も状況が変わらないのなら、一度立ち止まって考える必要がある。
いつかの約束よりも、今の行動。
相手の事情だけではなく、自分の幸せ。
待ち続けることで自分を失ってしまう前に、自分の人生をどうしたいのかを考えてほしい。
誰かに選ばれるのを待つだけではなく、自分で自分の未来を選んでもいい。
あの頃の私に言葉をかけられるなら、私はこう伝えたい。
彼を好きな気持ちは否定しなくていい。
でも、あなたの人生まで、彼の決断待ちにしなくていい。

