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愛されているはずなのに、なぜか満たされない恋。「好き」と言われても寂しかった私の話

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愛されているはずなのに、なぜか満たされない恋。「好き」と言われても寂しかった私の話

「大好きだよ」

そう言ってくれる人がいる。

毎日のように連絡をくれるし、会えば優しい。
私の話を聞いてくれるし、会いたいとも言ってくれる。

だから私はずっと、

「私はちゃんと愛されている」

そう思っていました。

実際、彼からの愛情を疑っていたわけではありません。

それなのに、なぜか満たされない。

一人になると寂しくなる。
LINEの返信が少し遅いだけで不安になる。
楽しかったはずのデートの帰り道に、急に虚しくなる。

「こんなに愛されているのに、どうして私は幸せだと思えないんだろう」

そんなことを何度も考えていました。

もしかしたら、同じように「愛されているはずなのに満たされない」と感じている人もいるかもしれません。

でも今なら少しわかります。

愛されていることと、その恋愛で満たされていることは、同じではない。

私はそれに気づくまで、かなり時間がかかりました。

「大好き」と言われるたびに安心していた

彼は、言葉で愛情を伝えてくれる人でした。

「好きだよ」
「大好き」
「会いたい」
「一緒にいると落ち着く」

そんな言葉をたくさん言ってくれました。

最初は、それだけで幸せでした。

好きな人から「好き」と言われる。

それって、ものすごく嬉しいことです。

だから多少寂しいことがあっても、

「でも彼は私のことを好きなんだから」

そうやって自分を納得させていました。

会えなくても「好きって言ってくれているから大丈夫」。

不安になっても「大切に思ってくれているから大丈夫」。

自分が我慢することがあっても「愛されているんだから贅沢を言っちゃいけない」。

いつの間にか私は、彼の「好き」という言葉を、自分の寂しさを我慢するための理由にしていました。

愛されているのに寂しい自分がおかしいと思っていた

恋愛で満たされないと感じると、つい相手に原因を探したくなります。

「もっと連絡してほしい」
「もっと会いたい」
「もっと好きって言ってほしい」

でも私の場合、彼はそれなりに愛情表現をしてくれていました。

だから逆に、

「問題があるのは私なのかな」

と思うようになりました。

こんなに好きと言ってもらっているのに寂しいなんて、求めすぎなのかな。

もっと愛情がほしいと思う私は重いのかな。

恋愛に依存しているのかな。

そうやって、自分の気持ちを否定するようになりました。

でも、寂しいものは寂しいんです。

頭では「愛されている」と理解しているのに、心が全然ついてこない。

この感覚は、かなり苦しかったです。

「愛されている」と「大切にされている」は少し違う

あるとき、ふと思いました。

私は彼に愛されているかどうかばかり気にしているけれど、

私はこの恋愛の中で、本当に大切にされていると感じているんだろうか。

「好き」と言われること。

「会いたい」と言われること。

優しく抱きしめてもらうこと。

もちろん、それも愛情です。

でも私が本当に欲しかったのは、それだけではありませんでした。

不安になったときに安心できること。

大事なことをきちんと話し合えること。

言葉だけではなく、行動でも気持ちを感じられること。

これから先のことを一緒に考えられること。

そして何より、

「私はこの人にとって大切な存在なんだ」と安心できること。

私は「好き」という言葉をたくさんもらっていたけれど、ずっと安心できていなかったんです。

好きなのに満たされない恋には「小さな違和感」がある

愛されているのに満たされない恋をしていると、ものすごく大きな問題があるわけではないこともあります。

むしろ厄介なのは、

「別れるほどではない小さな違和感」

が積み重なっていること。

例えば、

会っているときは幸せなのに、帰った瞬間に寂しくなる。

優しいけれど、大事な話になるとはぐらかされる。

「好き」と言ってくれるけれど、行動が伴っていない。

自分ばかり相手の都合に合わせている。

将来の話をすると、なんとなく話題を変えられる。

嫌われているわけではない。

むしろ愛されていると思う。

だからこそ、その違和感を無視してしまいます。

「これくらい普通だよね」

「恋愛なんて全部思い通りになるわけじゃないし」

「私が我慢すればいい」

そうやって自分を納得させてしまう。

でも、小さな違和感って意外と消えません。

無視すればするほど、少しずつ心の中に溜まっていきます。

そしていつか、

「愛されているはずなのに、全然幸せじゃない」

という感覚になってしまうことがあります。

愛情の「量」ではなく「形」が合っていなかった

私はずっと、

「もっと愛されれば満たされる」

と思っていました。

でも違いました。

必要だったのは愛情の量ではなく、

自分が欲しい愛情と、相手が与えてくれる愛情が合っていること

だったんです。

例えば、毎日「好き」と言われることより、一緒に過ごす時間を大切にしたい人もいます。

プレゼントをもらうことより、不安なときに話を聞いてほしい人もいます。

頻繁に会えなくても、将来について真剣に考えてくれていることに安心する人もいます。

逆に、どれだけ将来を考えてくれていても、日常的な愛情表現がないと寂しくなる人もいます。

何を「愛されている」と感じるかは、人によって違います。

だから相手が100の愛情を与えているつもりでも、それが自分の欲しい形ではなければ、心は満たされないことがあります。

どちらが悪いわけでもありません。

ただ、愛情の形がすれ違っている。

恋愛では、そういうことが本当にあるんだと思います。

「彼は私を好き?」ばかり考えていた

当時の私は、恋愛について考えるとき、いつも主語が彼でした。

彼は私を好きなのかな。

彼は私に会いたいのかな。

彼は私との将来を考えているのかな。

彼は私を大切にしているのかな。

彼、彼、彼。

でも本当は、もっと大切な質問がありました。

「私は、この恋愛をしていて幸せ?」

この質問を、自分にほとんどしていなかったんです。

彼が私を好きかどうかを確認することに必死で、自分がどう感じているのかを置き去りにしていました。

「彼が好きと言っているから続ける」

ではなく、

「私はこの関係を続けたいのか」

を考える。

たったそれだけのことなのに、恋愛中は意外と難しいものです。

愛されている証拠を集めても、不安は消えなかった

不安になるたびに、私は愛されている証拠を探していました。

毎日LINEが来る。

電話をしてくれる。

「大好き」と言ってくれる。

会う時間を作ってくれる。

優しくしてくれる。

ひとつずつ思い出して、

「ほら、ちゃんと愛されてる」

と自分に言い聞かせる。

すると一瞬は安心します。

でも、また少しすると寂しくなる。

そしてまた「愛されている証拠」を探す。

今思えば、これを何度も繰り返していました。

本当に安心できている恋愛なら、ここまで必死に証拠を集めなくてもいいのかもしれません。

愛されているかどうかを毎日のように確認しなければならない時点で、私の心はずっと何かに引っかかっていたんだと思います。

満たされない理由は「わがまま」ではなかった

私は長い間、

「もっと幸せになりたい」

と思うことを、わがままだと思っていました。

好きな人がいる。

相手も好きと言ってくれる。

会うこともできる。

それなのに「満たされない」なんて言ったら、欲張りなんじゃないか。

でも、人の心は条件だけでは満たされません。

「彼氏がいるから幸せ」

「愛されているから幸せ」

そんな単純なものではないと思います。

安心できること。

尊重されていること。

自分らしくいられること。

言いたいことを言えること。

無理をしなくても関係が続くこと。

未来を想像したときに、不安より楽しみのほうが大きいこと。

私にとっては、そういうものも全部「幸せな恋愛」に必要でした。

「愛されているのに満たされない」ときに考えたいこと

もし今、

「彼氏から愛されているはずなのに寂しい」

「好きと言われても満たされない」

「一緒にいると幸せなのに、一人になると苦しくなる」

そんな状態なら、一度「彼が自分を愛しているか」から離れて考えてみてもいいのかもしれません。

「私は何が寂しいんだろう」

「本当は相手に何をしてほしいんだろう」

「この恋愛で我慢していることはないかな」

「自分の気持ちをちゃんと伝えられているかな」

「この関係がこのまま1年続いても、私は幸せかな」

特に最後の質問は、私にとって大きなものでした。

「いつか変わるかもしれない」

ではなく、

今の関係がそのまま続いたとして、それでも私はこの人と一緒にいたいのか。

そう考えると、自分の本当の気持ちが少し見えやすくなりました。

「好きだから離れられない」と「幸せだから一緒にいる」は違う

恋愛って難しいです。

嫌いになれたら、簡単に離れられるのかもしれません。

でも満たされない恋ほど、相手のことを嫌いなわけではなかったりします。

むしろ大好きだから苦しい。

優しいところも知っている。

楽しかった思い出もある。

愛されている実感だって、ちゃんとある。

だから離れる理由が見つからない。

でも、

「好きだから離れられない」と「幸せだから一緒にいる」は、似ているようで全然違う。

私はこの違いに気づいたとき、初めて「自分が幸せになれる恋愛」について考えるようになりました。

愛されることより、安心して愛せる恋がしたい

以前の私は、

「愛される女性になりたい」

と思っていました。

相手から追いかけてもらって、大切にされて、ずっと好きでいてもらいたい。

もちろん今でも、愛されることは嬉しいです。

でも、それだけでは足りないことを知りました。

私が本当に欲しかったのは、

愛されているか確認し続けなくてもいい恋。

「嫌われたかな」と怯えなくてもいい恋。

寂しいときに「寂しい」と言える恋。

未来の話をすることが怖くない恋。

そして、

「この人と一緒にいる私は好きだな」と思える恋。

だったんです。

愛されているのに苦しいなら、自分の気持ちも見てあげてほしい

「好きだよ」と言われている。

優しくしてもらっている。

ちゃんと愛されていると思う。

それでも寂しい。

それでも苦しい。

それでも何かが足りない。

そんなとき、無理に「私は幸せなんだ」と思い込まなくてもいいのだと思います。

相手の愛情が本物かどうかと、自分がその恋愛で幸せかどうかは別の話だから。

相手があなたを本当に愛していても、その関係があなたを満たしてくれるとは限りません。

だから、

「彼は私を愛している?」

だけではなく、

「私はこの恋愛の中で、ちゃんと幸せ?」

と自分にも聞いてみてほしい。

恋愛は、愛されている証拠を集め続けるものではなくて、本当はもっと安心できるものなのかもしれません。

「愛されているはずなのに、なぜか満たされない」

そう感じたとき。

その寂しさは、自分が本当に欲しい恋愛を知るための、小さなサインなのかもしれません。

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